志村けんさんの死で学んだこと。

こんにちは、ERIKOです。

コロナウィルスの感染が止まらない中、あなたはどう過ごしていらっしゃいますか?

私は、日ごろの食材と日用品の買い物に出かけるだけ。

あとは、基本引きこもっています(笑)。

先月と変わりませんね。

でも、子供たちは時々外に出させてあげないと体力が余るので、人が全然いないところで時間限定して遊ばせています。

ほんとなら、お友達と会わせてあげたいとこですが、今は我慢です。

 

 

先月末、私の大好きな志村けんさんがお亡くなりになり、数日落ち込んでいました。

私の小さい頃から、ずっとテレビの中にいた志村けんさん。

今でも生きている気がしてならない。

追悼番組に対しても、「これコントでしょ?」と言いたくなるほど、志村さんに死に対して現実味がありませんでした。

でも、よーく考えると、志村さんの死に現実味がないということは、

 

私の中に、志村さんがずっといたってこと。

死んでなんかいないんです。

そして、これからも志村さんは私の中に居続ける。

 

そこに気づいたら、いなくなってしまった寂しさを持ちながらも、

 

「バカ殿」「デシ男」「ひとみばあさん」を思い出して、ガハガハ笑っている自分がいました。

 

だって、志村さんの魂は永遠に生き続けるんだもの。

肉体は死んでも、魂は死にませんからね。

 

 

志村さんは、こう言っている。(私見)

私は、スピリチュアルについてはわかりません。

ただ、何か悪いことが起きた時って、

 

良いことへのお導きだと思っています。

 

地球全体が今まで、間違った方向へベクトルを向けていたんだと思います。

それを今、猛威をふるっているコロナウィルスが、

 

正しい方向(地球と人類が調和して暮らせる状態)へと正してくれている気がするのです。

 

地球のほとんどの人が、「ない」に目を向けている。

お金がない、時間がない、仕事がない、いい出会いがない、安心して暮らせる環境がない・・・。

つまり、

 

幸せじゃ「ない」。 

 

本当は、ただ見ている方向が違うだけなのに。

「ない」ばかりに目を向けているだけなのに。

そこで私は、志村さんの死からあるメッセージを感じました。

それが、これです。

 

お前どこ見てるんだよ。

無い物ねだりばっかしやがってよ。

笑えって。

笑って幸せになってくれよ。

そしたら、なんだ自分は幸せだったって気付けるからさ。

だから、笑ってくれよ。

俺が笑わせてやるからさ。

 

とね。

だから、私は一番馴染みのある『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』の動画を見て笑ってます(笑)。

 

 

私だ。(テッテッテッテ〜♪)

暗いニュースばかり見てないで、笑おう。

最低限の予防策をして身を守りながら、しっかり笑おう。

そしたら、志村さんも喜んでくれるはず。