何者かどうかを忘れても、自分の存在は忘れない。

今あなたが記憶喪失になって、自分の名前、自分の仕事、自分の肩書き、自分の家族、自分の住まい、その他諸々を全部忘れてしまったとします。

そうやって今までの生きてきたデータが自分からすべて消去されても、これだけは忘れられないはず。

それは、「自分の存在」。

 

想定の法則でいえば、『私(I am)』です。

 

記憶が消えても、『私』という存在が自分を探りますよね。

ドラマなどでも、そういうシーンあるじゃないですか。

「ここはどこ?私はだれ?」みたいな。(昔の流行語、出しちゃいました)

その「私はだれ?」の部分に注目すると、やっぱり、『私』は自分が何者かを忘れてしまっても、自分の存在だけは忘れられないものなのです。

なぜなら、

 

『私』が、存在の中心であり、かつ不変なものだから。

 

そして、その『私』が生まれ持っている『意識』で、目に見えるものや体験できるものを、自由自在に操ることができる。

だから、今どんな状況だろうと、

 

『私』さえ生きていれば、大丈夫なんです。

  

たとえ、あなたが今、病気を患っていても、莫大な借金を抱えていても、

 

『私』→ 病気が完治した人

『私』→ 借金を全額返済した人

 

そう決めてしまえば、病気も借金もあなたの現実世界からは消え去ってしまいます。

 

 

あなたの『私』が、あなたの必要なものすべて持っている。

ここは、私のちょっと苦手な、スピリチュアルなお話になりますが(笑)。

『私』というのは、肉体も、名前も、仕事も、肩書きも、住んでるところも、すべて取っ払った、純真無垢なあなたです。

 

つまりは、『魂』みたいなものですね。

 

もっと簡単に言い変えれば、無邪気な自分、子どもな部分の自分といったところでしょうか。

そんな『私』の存在を、今思い出すのです。

 

「私は在る」と。

 

私がもう存在しているのだから、あとは願いが叶った人になればいいのです。

 

 

子どもの頃って、目の前にあるやりたいことを、何も考えずにやっていましたよね。

「出来る出来ない」関係なく。

おままごと遊びなんて、わかりやすいですよね。

お母さん役の子は、本当のお母さんになりきり、子ども役の子は、ただでさえ子どもなのにさらに小さい子になりきる(笑)。

おままごとセットもただ似せて作ってるおもちゃでしかないのに、本当に料理している感覚になるし、役も単なる役でしかないのに、本当にお母さんやお父さんや子どもになった気分になる。

これぞ、想定の法則ではないでしょうか。

あの感覚で、願いが叶った人になってください。

 

 

あなたの『私』が、あなた自身の最強の味方。

あなたが今、自分自身のことを、大好きでも大嫌いでもいいです。

すごいヤツ、ダメなヤツ、よくわからないヤツと思っていてもいいです。

私は、女だ、男だ。

私は、母親だ、父親だ。

私は、貧乏だ、金持ちだ。

と、様々な見方を与えても、それがゼロになっても、

 

あなたの中にいる『私』が、消えることなく常に中心にいて、あなたの味方でいてくれます。

 

そして、あなたが『私』に何を与え、何を真実かを思わせるかで、現実は大きく変わります。

だから、あなたは「私は在る」をしっかりと自覚する必要があるのです。

今までのあなたは、それを自覚できていなかったのではないでしょうか。

そして、知らないまま、ただ現実に流されていた。

知らないまま、法則の手下になっていた。

きっとそれが、引き寄せの挫折につながったのかもしれません。

今、現実世界で何が起こっていようとも、

 

あなたが、あなたの『私』に「私はこうなる」を与えて、それを真実だと思わせてしまえば、『私』が上手に現実世界へと顕現してくれます。

 

最初は、現実世界の方が大きく見えるでしょう。

でも、それはただの映像です。

大きいのは、あなた自身の『私』です。

しかも、

 

『私』は、無限の存在です。

 

出せば出すほど、出てくる。

だから、

 

「私は在る」と、心の中で繰り返し唱えるのです。

 

願いを叶えてくれている『私』の存在を自覚できるまで。